2012年01月14日

墨絵書の魅力を語ってみます。

墨で絵を描いたり、書を描くことの魅力を語ってみよう。

私が墨のワークショップなどで良く語っている事は、墨は上手く描けないから面白いよね、ということ。

説明すると、他の画材と比べてコントロールが難しく、なかなか思い通りに描けない。
それは、逆に言うと思いがけない絵が描ける、ということ。

滲みや掠れなどは、紙の種類や墨と水の具合、さらにその時の気温や、描く人自身の気持ちにまで左右される。
しかも一発勝負なので、描き直しはできない。
当に、一期一会の絵なのです。

上手く描こう、コントロールしようとするのではなく、
自然に現れてくるものを見つめ、受け入れていこうとする境地。
といったものが、私にとっての墨絵です。


本来、アナログな画材というのは、そういう意味で、気持ちがストレートに表現される物だった。
デジタルな画材というのは、そういったぶれや失敗をカバーできる夢のツールのようだが、私はそれが常に窮屈だった。
何度でもやり直し〜Undo/Redoが出来る事は、決してプラスな事ばかりではない。

もちろん、20世紀モダンデザインが夢み、Adobeが成し遂げたPost Scriptは、
デザイン計画を一分の隙もなく再現できる優れたツールであり、デザイナーとして受けた恩恵は多大だが、
それが、自然が生み出す偶然を排除し、どこまでもアナライズ&コントロールしようとする思想に基づいたものであることを理解した時、
絵描きとしては、Macのデスクトップから脱出することを決意したのです。


ところで私は、墨書は「音楽」に似ていると感じています。

レコーディングされた音楽には、その時のプレーヤーの、感情や心の高揚が、ボーカルや演奏する楽器の音となって伝わってくるし、
特にマイクで拾ったような録音だと、その場の響きやノイズといった空気感まで含まれていて、それがHDやテープやレコードに封印されている。

墨書というのも、その鮮やかな墨跡にプレイヤー(書き手)の感情が、滲みや掠れに、ライブな空気感を感じることが出来るのです。

昔の古いJAZZのレコードジャケットに、墨書が使われているものがあったりするのも、そういった共通する感覚を現しての事だろうと思う。


次の記事では、墨の痕跡に託された想いをテーマにした展覧会「墨痕」のレポートを、私なりにやってみたいと思うので、ご覧下さい。


墨痕ーぼっこん。墨の痕跡から、何が現れでてくるのか?
そこにたたきつけた墨の墨跡に、画家は何を託したか?

墨痕ー託された想い



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タグ:墨絵 墨書 思索
posted by 月与志(tsuyoshi-jp) at 05:41| Comment(0) | 思索