2018年12月04日

感想:東山魁夷展 at京都近代美術館〜美しすぎる障壁画の世界

私がかつて見た中で最も美しいと思う日本画の一つは…東山魁夷先生の描かれた「海」
随分前になりますが、奈良の唐招提寺御影堂で拝見した、鑑真和上をお慰めするために描かれたという、美しく穏やかな緑の海と、静けさが伝わってくる深山を描いた障壁画です。

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その感動を再びかみしめるため足を運びました。
生誕110年 東山魁夷展 at京都近代美術館

今回は美術館で拝見したためより客観的にじっくり鑑賞できました、そして昔は気づかなかった「鑑真和上の故郷中国を描いた水墨画」の魅力について感想を述べますね。


【東山魁夷画伯の作品世界】
東山魁夷画伯といえば大変著名な日本画家。香川を旅した時とか今まで何度か絵を拝見する機会はあったのですが、改めてその全容を知る事となりました。
生涯をかけて描きつづけた美しい自然風景。それは「単純化→抽象化→普遍性の獲得」であると感得いたしました。

私らしくない固い文面ですね〜(´ω`)まーびっくりするぐらい整った風景画だなーという印象ですね。
私も2018年は風景を描く事に意欲を燃やしていたところで、この広大な「自然」にどう向き合って描くのかを求めて訪れたのですが…。
その答えは、まるで抽象絵画のような風景画、描ききれない複雑混沌とした自然を単純化し、そこに普遍的美を見いだす、という絵でした。
(よくよく見るとただ単純なリピートではなく、時折その反復の和を乱す要素が入っているのがミソですねぇ)

国民的画家と呼ばれたという画伯の代表作が、日本の何処にでもありそうなごく普通の草むらの絵だったりするのが素晴らしいです。

もう一つの特長としましては、単一の色で描かれている、夕景・夜景が多い、季節では晩秋とか厳寒の冬の絵がほとんどのような印象でした。
北欧に惹かれて旅をして神秘的な作品を残しておられたり…暗い・冷たい・寂しいのがお好きだったのかなと。
音楽で言えば短調(マイナー調)ですかね、確かにそういうの心に染みるナー。

風景画は心の投影、という事でした。
こういうのって作家の内なる何かなんですかね?南方の明るさに惹かれたゴーギャンや田中一村と比較すると興味深いです。


【唐招提寺障壁画】
魁夷画伯の作品世界を巡った後はいよいよ障壁画です。
こちらは先生熟年期の1970年代にほぼ10年がかりで制作されたという大作。

唐招提寺 御影堂は平成大修理中でしばらくはお目にかかれないのだけれど、この障壁画はやはり鑑真和上像とともにあることで特別な意味を持ち、深い感動を与えてくれます。
とはいえ美術館で拝見するのだから一枚の絵として鑑賞・客観的に分析するのもひとつの経験でした(いろいろテクをみつけてきましたとも、ええ)

とはいいながら、仏教美術をそのような目で見る事にやましさを感じるのも事実です、仏像をプロダクトデザインとして見ているワタシ罰当たり。(以後、不遜な発言はご容赦ください)

まずは再びお目にかかれた、魁夷画伯の暖かく穏やかな海に感動を禁じ得ません。
盲目の鑑真和上に穏やかな日本の海をお見せしたいと、先生自ら日本各地の海を写生する旅に出てついに普遍的な日本の海を描きあげたというエピをもし知らなかったとしても、この美しさは響きますよね。

海の波打つ音が穏やかだけど力強く響いてくるかのような「濤声」と呼応するように、深い山奥の霊気を描いた「山雲」こちらはしんと静まりかえった静寂、夏でも凍えるような冷たさと神秘性を感じさせます。
不思議な事に何処から鳥の声まで響いてくるような…と思ったら、さりげなく雲雀が描かれておりました。

今流行りの360度VR映像なら、触ると飛んでいきそうですね(触っちゃ駄目ですが)
それにしてもVR以上にリアリティのある空間が50年前に描かれているなんて。
いやもっと昔から障壁画というヴァーチャルリアリティ空間は日本にあったのですねぇ。

襖絵だからなのか、日本の風景を丹念に描いているからなのか、東洋的な「間」というか、どことなく抜け感があるからなのか、これまで見てきた魁夷先生の作品とはちょっと違う印象です。

その思いは、さらに第二期の障壁画、鑑真和尚の故郷中国の風景を描いた水墨で深まりました。
正直申し上げますと、最初に御影堂を訪れた時には、美しすぎる海と山の色彩にただただ心打たれ、これら水墨の異国風景はスルーしてしまいましたが、今回は違います。

私も水墨を手がける絵師の端くれとしてあれから多少目は肥やしてきました。
逆に言うと、中国の水墨画を知らないと「桂林月宵」や「黄山暁雲」の事はピンと来ないのは仕方ないのかもしれません(いまだそれほどピンとこないワタシ)
そこには中国の水墨を育んだともいう絶景の景勝地、幻想的なそびえ立つ山また山(というか画家の妄想でなく本当にあったのかという)が描かれているという事です。

揚州薫風」は鑑真和尚の故郷だからでしょうか、やさしく暖かくノスタルジックな雰囲気でした。
モノクロの水墨なのに暖かいだなんて?絵に込められたストーリーでそう感じているのでしょうか?
いえ、どうやらそれは全体的にぼんやりした遠い風景として描かれているからでしょう。
ここは美術館なのを幸いに細部まで食い入るように検証したのですが(流石にお寺ではできませぬよ)ディティールをはっきり描かないぼかした味わいが幻想的で、不思議な夢心地を誘うのです。

なるほど、ぼかしが美しいのはまさに水墨画の面目躍如、そしてどちらかといえば冷たく厳しい風景を好んで描いておられた魁夷画伯のいままでとは違う画境を拓いたのではないかな、と。
この時初めて水墨画に挑まれたということです、その切欠になったのが、この大作のため当時は渡航が難しかったという中国を訪れ、水墨画を生んだ中国の風景に触れたからだそうです。

現在、東京でも東山魁夷展が行われ、「美の巨人」でもこの御影堂第二期障壁画を詳しく取り上げてくれたお陰で知りました。
この水墨画は紙に滲み止めを施して描かれているとか…え!?ぼかしてないんかーい(´ω`)という驚き。
墨で描いてもそこは魁夷画伯流の描き方で描いているんですね。
ぼかさずにぼんやりと描きあげた「モノクロームの幻夢」いやーこれ見習いたい(´ω`)

とまぁ、絵描きの性で技術的なところばかりほじくってみっともないですが、やはり大事なのは何が描かれているか、こころで感じ取ることですよね。
穏やかな海と、静かな深山、日本の普遍的な美しい風景に磨き上げられた画面や、異国の風景には、その土地の空気感や過ぎ去った時間まで息づいているような気がします。
それを綿密な写生の積み重ねで実現しているという事実に、深い畏敬の念を抱きます。

ところで、この御影堂障壁画に取り組んでいる同じ時期に、魁夷画伯は好んでファンタジックな白馬を描いていたのだそうです。いったいどういった心の現れだったのか、絵画芸術は本当に奥深いですね。

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京近美2018日本画の巨匠たちシリーズ(勝手に命名)
次は、生誕150年〜横山大観展のお話です。こちらはおもしろおかしく書く予定(やめなさい)

感想:藤田嗣治展 at京都国立近代美術館〜乳白色の夢・戦争・祈り

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2018年12月03日

感想:ぱないの!西尾維新大辞展〜京都篇 at京都府京都文化博物館

普段小説とか読まないので、小説家の展覧会というものには興味はなかったのだけれど、というか小説家の展覧会って何だ?という興味のほうが強かったのだけれど、NISIOISINという点対称で回文のようなペンネームも知らなかったのだけれど、毒舌ヒロインが魅力的な「物語」は良く知っていたので、ガハラさんにお勧めされれば(CM)みにいかないわけにはいかない。

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そもそもこの数十年小説など読む暇はなかったのだけれど、その「物語」は非常に洗練された映像とスタイリッシュな演出で、映像世代のわたしはとても魅了されているのだ。
そうわたしはポスト映画〜ビデヲ世代なので、百の言葉より雄弁なワンシーン、言葉では伝わらないビジュアル言語を長く信奉してきた。いまさら小説などに立ち戻ることはないだろう。

シャフト新房監督が演出するその「物語」は、圧倒的映像言語で2010年代のアニメシーンを席巻した「まど☆マギ」以上の魅力が確かにある、それは原作であろう圧倒的な言葉の強度だ。言葉あそび・再現不能な言葉の羅列を映像に翻訳する演出は丁々発止の危うい面白さがある。
そんな原作はどのような世界だろうか、と何度か思うことがあるが、今までノベルを開くことはなかった。なにしろアニメ至上主義なのだから。

それが今日、東山魁夷展で目も心も十分潤った後に、なぜか小説家の展覧会に足を運んでしまっていた。
そこでは言葉が宙を舞い、映像とリンクし、イラストと共存し、タイプライターが独りでに言葉を紡ぎ、声優のイケボが女子を魅了する、まったく想定外の展示だった。

まったくこれでは、小説、ライトノベルの(というのだろうか?)イメージを改めねばならないだろう。

生まれてこの方小説を読んだことのないわたしが、初めて手を取るのは、忘却探偵なのか、延々と続く戯れ事なのか、終わらない「物語」なのか(でも終物語)
そもそも難しい言葉が苦手で、長い文章は退屈だから近頃はSNSの投稿も極めて簡略化しているというのに、なんということだ。こんな駄文を書いてしまって無駄無駄無駄ぁな時間を過ごしてしまった。

平安京が巨大な京Rコードだという壮大なヲチで西尾維新大辞展は幕を閉じた。グッズを一切買わない主義のわたしはおよびでない客だったことだろう。でも、素直におもしろかったなぁ(´ω`)

→西尾維新大辞展
http://exhibition.ni.siois.in

またまた不遜な駄文を書いてしまいました、西尾先生ごめんなさい〜<(_ _)>

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2018年11月28日

感想:藤田嗣治展 at京都国立近代美術館〜乳白色の夢・戦争・祈り

京都国立近代美術館で只今開催中の「没後50年 藤田嗣治展」に行って参りました。
今回は早速blog記事としてアップいたします。

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没後50年 藤田嗣治展 | 京都国立近代美術館

厚塗り西洋絵画に興味はなかったのだけれど、レオナール藤田に関しては、NHK日曜美術館で見た晩年の宗教絵画がとても美しかったのと、公開された晩年の録音テープを聞いたらなんだかおもろいおっさん感が気に入って、回顧展に足を運んでみました。

たまたま生誕祭のイベント日で、いつも静まりかえっている京都近代美術館が賑やかで、丸めがね(自前)で記念撮影&ポスカげっと。

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藤田嗣治というと、パリで成功したけど日本では評価されない不遇な画家という事と、日本の戦争画の代表作として挙げられる一枚を描いた人としても知っていた。
しかし乳白色のパリジェンヌと砕玉する軍人たちはあまりにかけ離れていて、結びつく事は今日まで無かったのだけれど、没後五十年の回顧展で彼の人生を一望することで、実に数奇な運命を辿った一人の画家を知る事となりました。
ぶっちゃけ絵よりもフジタ自身が面白かったです(´ω`)


若い頃の出世作「乳白色の裸婦」は確かに独特で美しかった。
面相筆を使って墨で輪郭線を描く(東洋画の特長)と聞いていたのでこれは墨絵だとこじつけようと思っていたら、黒の背景マチエールといい、塗り残して肌の白さを浮き立たせる手法はまさに墨絵(もっとも地肌は紙の白ではなく藤田秘伝レシピによる下地)だけど、描画そのものは親友モディリアーニやエコール・ド・パリの画家たちが描くモチーフと同様で、これはこれで「和魂洋才」だなと(横山大観のそれとはまた違う)それにしても女性ヌードが伝統的な主題とはおフランスってエッチスケッチワンタッチなお国ですなぁ(´ω`)
※そういえば乳白色の光彩に既視感あったのは、フジタリスペクト宇野亜喜良先生ですな

フジタはパリでオリエンタル感を売りにしつつ本当にガチで大成功してたみたいです。
で、ここまでだったら、ああこの時代の流行りの絵を描いたヲサレ絵描きさんで終わっていたのだけれど、ここから急転直下、パリを脱して南米に渡り旅する画家になったり日本に戻って地方を巡ったりで画風もモチーフも激変したのは驚いた。

フジタのとても面白い所は沢山の自画像を描いていて、その時々の自分を演出する事に長けている事。
パリ時代、おかっぱ丸めがねピアスで筆硯を持って猫と暮らす自画像は東洋からきたお調子者(FouFou)のイメージ戦略に満ちていたし、後に帰国して描いたというアトリエでの自画像では、日本調の物に囲まれべらんめぇな江戸っ子に様変わりしていてさすがに草生えるwww これはコスプレ自撮リストですわ。
晩年は自作のラジオドラマ風の遺言テープも作ってたしフジタって現代人に通じるメンタル持ってたんじゃないかな、と思った次第。

そんな彼がおかっぱを丸刈りにして(イメチェンするところがらしいよね)描いた作戦記録画
戦争画の代表作みたいなイメージがある「アッツ島砕玉」は、それまでのフジタの作品のどれとも違う独特のエグイ感じ。
ドラクロワなどの西洋の「戦争画」を研究した成果らしく本人も特別な思いを述べているとか(こんな才能の使い方ってどうよ?)
藤田家は陸軍関係者の多い家柄(父は最高位の軍医)だったそうで、ここで認められることはフジタにとって大きいことだったのでは、と想像しました。
戦後、戦争協力者と批判され追われるように日本を去ったのは知っていたのだけれど、渡米した4年後にニューヨークで個展を開いていたのは流石に衝撃の事実でした…。

その後フランスに帰化し洗礼を受けレオナールフジタと改名(レオナルドダビンチにあやかった命名とか)新しい時代のパリを描く事を試みたという後半生の作品は成熟した凄みがあり、特に自らの信仰を描いたという最晩年の宗教画は心惹かれるものがありました。
フランドル派やもっと古いフレスコ画など西洋の伝統絵画をよく学んでいたそうで、その上に彼独特の画風もちゃんと入っていて、こりゃすごい、と。
本格的な宗教画の他に、ややメルヘンチックな子どもモチーフの小品も沢山描かれていて、これがまた可愛くおしゃれすぐる!

エコール・ド・パリ時代のフジタの作品は流行に乗った最先端の絵画、軽快でキャッチー、悪く言えば軽薄だけど、後半生は重くてシリアス、時々面白いw、最晩年は純粋な信仰心と無邪気な子どもに帰ったような作品世界。
生涯を通して見る回顧展ならではの見応えでございました。


フジタ1.JPG


古美術好きなので例年は京都博物館に通う事が多いのですが、今年は京都国立近代美術館に足を運ぶ事が多かったなぁ。
生誕150年〜横山大観展、生誕110年〜東山魁夷展、没後50年〜藤田嗣治展と、日本画ビッグタイトルが続きました。

感想:東山魁夷展 at京都近代美術館〜美しすぎる障壁画の世界

横山大観展は感想記事をまだ書いておりません。生々流転とかぜひ語りたいのだけれど、そろそろ落ち着くかと思うのでいましばらくお待ちください。
2019年は京都市美術館の再開に期待ですかね。


以前番組で、戦争と芸術について特集した事がありました。
終戦の日に考える。絵画・文学・音楽・映画など芸術が戦争にどのように協力したか?
従軍画家藤田嗣治氏と、戦後GHQに没収され日本に返還された戦争記録画から会田誠「戦争画 RETURNS」のお話とか。


月与志のカルチャー夜話 第百十八夜 〜戦争に協力した芸術


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