2014年11月27日

京の大仏・豊臣秀吉と京都

先日の京都国立博物館での鳥獣人物戯画の帰りに、すぐ近所の豊国神社を参詣しました。
かつてこちらに「京の大仏」がいらっしゃたという事です。

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大仏といえば「奈良」東大寺の大仏さんは日本の宝だと思いますが、
実は全国各地にも大仏さんはいらっしゃるんですねぇ。

とくに「京の大仏」さんは、奈良・鎌倉と並んで、日本三大大仏に数えられていたそうですが、今はその姿を留めてはいません。存在を知ったのも最近の事です。

「京の大仏」さんを建立したのは、あの天下人、豊臣秀吉でした。
幾度の天災で、姿形を変えながらも受け継がれていたのですが、およそ四十年ほど前に消失し、今や忘れ去られようとしているのかもしれません。
この話はぜひ留めておきたいと思い取り上げました。

かつて「京の大仏」がおわしました所にあるのが、豊臣秀吉を祀る豊国神社です。
秀吉を祀る豊国神社は全国にありますが(大阪城公園、滋賀県長浜市、出身地の名古屋市などにも豊国神社が存在)京都のこちらは、すぐ近くに豊臣秀吉ご本人が眠る豊国廟(ほうこくびょう)がある所です。

こちらは大正時代の地図を模写したもの。

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大仏があった名残を示す地名が残ります。

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立派な唐門は、豊国神社再建に当たって金地院から移築されました。元は二条城、その前は伏見城にあったとも伝わるそうです。

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大阪のイメージが強い秀吉さんですが、実は京都に縁の深い方でも合ったのです。
天下人となった後、応仁の乱以降荒廃した京の都を再建されました。

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西本願寺飛雲閣(伝聚楽第遺構)

その時、京の都と世の泰平を祈願して、京都に大仏を建立しました。
当時、奈良の大仏は焼き討ちで消失していたそうです。
しかし、大仏完成のわずか1年後、慶長元年の大地震で大仏は倒壊してしまいました。

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その後、秀吉の子豊臣秀頼が遺志を継ぎましたが、大仏殿のある方広寺の梵鐘が原因となり、大坂の役による豊臣家滅亡を招きました(世に言う「方広寺鐘銘事件」)
江戸時代も、京の大仏さんは引き継がれましたが、幾度か消失と再建を繰り返し、
昭和48年(1973年)に火災で焼失。

昭和ですからつい最近の事。昔みたよという人はまだまだ多くいらっしゃるようですが、年とともに忘れ去られていくかもしれません。
京の大仏さん、復活の未来を願い、この話を広めていければと思います。

大仏.png

詳しいお話しは、月与志のカルチャー夜話でお伝えしておりますので、ぜひご覧下さい。
月与志のカルチャー夜話 第四十五夜 〜墨絵の金字塔、鳥獣人物戯画/京の大仏

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posted by 月与志(tsuyoshi-jp) at 00:15| Comment(0) | 歴史
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